ウソつき大手新聞テレビ報道におさらばし、ネットで真実を追求しましょう! 西へ行く 東へも行く 真ん中を行く   中行(中行庵にて)

検察・裁判所・検察審査会などが政治的に結託して動いているとしか考えられず、シナと同じような特権官僚と記者クラブの癒着独裁権力を感じる。微罪をでっち上げて政敵を逮捕し冤罪で次々に収容所に収監している様は日本がソ連なみの野蛮国であったことを証明している。 若者よ!大手新聞テレビのウソの報道に騙されてはいけない!これらの冤罪事件は検察&裁判所&マスゴミの犯罪なのだ! 極悪人は検事&判事&記者クラブの裏金犯罪3兄弟だ!「検察よ、お前は何様なんだ!裏金を国民に返せ!」「マスゴミ政治司法記者クラブよ、お前らは何様なんだ!官房機密費を国民に返せ!」「三井環は無実だ」「鈴木宗男も無実だ」「植草教授も無実だ」「小沢一郎も田中角栄も原敬も…」 「検察&マスコミ&自民党&仙谷反小沢&マスゴミ信者は小沢氏に謝罪せよ! 」「NHK、読売、朝日、毎日など既存メディアよ!まずは小沢総理候補に土下座して謝罪せよ!」みのもんたウソをつくな! 「マスコミはウソの報道をやめろ」「テレビ新聞のウソにだまされるな」「マスコミは 真実を 報道しろ」「マスコミなんかを信じているのは日本人だけだぞ!」「検察とマスコミの横暴を許さないぞ」「税金の無駄遣いをやめろ」「小沢一郎は無実だ」「小沢一郎に仕事させろ」「小沢は真っ白だ、検察は真っ黒だ」「マスコミも真っ黒だ」「取り調べと検察審査会を可視化しろ」「特捜検察と記者クラブを解体せよ」「マスコミは冤罪被害者に謝罪しろ!」「マスコミは小沢氏に謝罪しろ!」「国賊マスコミに天誅を」「新聞止めますか、それとも人間やめますか」 「我々は検察とマスコミに騙されないぞ~」、「取調べを可視化しろ~」、「嘘つき新聞は読まないぞ~」「新聞購読やまめしょう」「テレビは消しましょう」「日刊ゲンダイ買いましょう」「週刊朝日も買いましょう」「日本を救うのは小沢一郎です」「日本を潰すのは検察とマスコミです」 「ますこみの きみつひほうどう みたことない」 「ゆうざいと きめておこなう とりしらべ」 「政治主導 メモ無し答弁 出来ませぬ」 「検審会 秘密だらけの 闇組織」 「検審会 人数以外は 謎だらけ」 「外交は 検察庁の 所管です」 「マスコミは 世論操作の 張本人」 「マスコミが総理を決めてまたつぶす」 「ニュースです ちょくちょくねつ造しています」 「都合のいい人だけ呼んでワイドショー」 「本音いう人はいらないワイドショー」 「検察は 今も必死に でっちあげ」 「マスコミは 正義の振りして ウソばかり」 「検察庁 司法も仕切る 偉い人」 「検察官 証拠ねつ造 お手の物」 「検察庁 起訴すりゃ有罪 間違いなし」 「検審会 起訴も行う 力持ち」 「この国に 三権分立 あるわけない」 「裁判所 判決読むだけ 楽勝だ」 「記者クラブ 談合組織の アホ集団」 「キャスターは 誰でもなれる 芸人だ」  「検察が 足跡残す けもの道」   機密費犯罪者は追放せよ! 冤罪加担犯罪者は逮捕せよ! 三宅久之、後藤謙次、みのもんた、太田ひかる、北野たけし、テリー伊藤、青山繁晴、岩見隆夫、岸井成格、星浩、辛坊次郎、田崎史郎、橋本五郎、木村太郎、安藤優子、河上和雄、堀田力、立花隆、宮崎哲弥、浜田幸一、塩川正十郎、古舘伊知郎、屋山太郎、福岡正行、島田敏男、大越、杉尾、ヨラ、など多数 (もちろん犯罪責任者は 大手新聞テレビ報道の幹部)
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第836巻 自民過去最低も 都議選の戦犯は安倍首相と「加計3悪人」 など

2017 - 07/03 [Mon] - 23:00

第836巻 自民過去最低も 都議選の戦犯は安倍首相と「加計3悪人」 など

自民過去最低も 都議選の戦犯は安倍首相と「加計3悪人」(日刊ゲンダイ)
自由党
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無怨能勝怨

無怨能勝怨  『佛陀を繞りて』四(六四~八〇頁)  山崎精華譯著 大雄閣出版(昭和二年十一月)

 拘睒彌(コーサムビ)の比丘等は闘訟を好み、諸の惡事をなし、戲論(げろん)に耽り、ともすると刀杖を加へることがあつた。

あるとき佛はこれを誡しめられた。

『比丘等よ。

汝等は互に諍論を愼み、辨(わきま)へずして事の是非をさだめてはならない。

相共に和合し、一師の侶(ともがら)であれ、

水乳を同じく汲むもの何ゆゑに相諍(あらそ)ふのであるか』

『世尊よ。ご心配には及びません。私共はよくその理を慮り、過状の罪を辨へてゐます』

『汝等は王侯を望むで道を修めるのか、

世間の恐畏(くい)のために道を修めるのか』

『さうではありません』

『比丘等よ。

汝等は實(まこと)に生死の苦を離れ、無爲自然の涅槃を求めんための故に道を修するのであらう。

然し、五蘊假(か)りに和合して成れる肉體は無常であつて保持し難い・・・・』

『さうであります。さうであります。世尊の仰(おほ)せられる通りであります。
私共一族の出家しましたのはその無爲道を求め、五蘊の身を滅するがためであります』

『比丘等よ。

然らば汝等は相闘訟して拳をまじへ、または是非を判じ、惡聲を放つやうなことがあつてはならない。

汝等は先づこのことから行ぜよ。

まづ法を同じくし、師を同じくして、身口意の行を成就しなければならない。

また諸の梵行者を供養し、尊重しなければならない』

『世尊よ。それは私共のしなければならぬことであります。決してご配慮に及びませぬ』

『愚人共よ、汝等は如來の語(ことば)を信奉しないのか、

如來に語をさからふとき汝等は自ら邪見の報を受けなければならない。

昔しかういふ譚(はなし)がある』

 そこで佛陀は次のやうな話をして・・・・

・・・・(增一阿含經第十六巻・・・・)

 昔舍衞城に長壽(デイガアーユ)といふ王があつた。
聰明叡智であつて刀劍の法にも明るくあつた。
しかし、寶庫には寶物乏しく、財貨も豐かでなかつた。
護城の兵も多からず、輔佐の臣も少かつた。

そのとき波羅奈國(パーラーナシー)に梵摩達といふ王がゐた。
彼は勇猛剛健であつて向ふところ征服せざるものがなかつた。
また七寶財錢は庫にみち、四部(象馬車歩)の兵、臣佐皆充實(じうじつ)してゐた。
彼は、舍衞城を攻略するはこのときであると考へた。
そして直ちに軍旅を興した。

 長壽王は、これを聞いて方針を設けた
『我れ物と人とに富まず彼れ兵衆多しといふも、一夫の力はよく彼れが百千の衆に敵することが出來る。
しかし、衆生を殺害(ころ)して戰に勝つことは、たヾ一世の榮をなすのみであつて、その罪業は萬代に盡(つ)きない。
故に我れは今、此城を出でて他國にゆき、闘諍をなからしめるであらう』と王はかく考へた。
そしてひそかに彼の第一夫人と一人の将相を倶して舍衞城を出で深山に匿(かく)れた。

 梵達摩は軍を交へることなく舍衞城に入り、その國を治めた。

 長壽王の夫人は懐姙した。
彼女は臨月に夢をみた。日初彼女は都市の中にあつた。
五尺の刀を執つてゐた四部の兵が彼女を囲繞してゐた。
彼女はそこで一人のつき添ひもなくて男兒を生むだ。
彼女は驚いて夢よりさめ、王にこのことを申した。
王は夫人に云つた。
『夫人よ。
この深山にゐて、どうして都市で産をしなければならぬのか。
鹿の仔を生む如く爾(おまへ)もこの山にて生めよ』

 しかし、夫人は聽かなかつた。七日のうちに願が叶はなければ死ぬると云つた。

 王はその夜變装して舍衞城に出た。

そのときもと王の大臣であつて王が甚だ愛憐してゐた善華が丁度街にゐて王に遇つた。
彼はつくづく王を眺め一度は過ぎ去つたが、昔日の王を憶出して歎息し涙を垂れて再び道をひきかへした。
王は彼を密かに喚び止め、人眼を避けた場所につれてかく云つた。
『善華よ。汝(おまへ)にたのみたいことがある。誰にもしかし云つてはならない』
『大王よ。仰せにしたがひます。大王のたのみとは一體何ごとでありますか』
『汝は必ず私の仰せを聽くのか』
『大王よ。大王の敎ならば何ごとでも致します』
 そこで王は夫人の願のすべてを語つた。善華は王の願を諾した。王はまた秘に山に還つた。

 善華はそしらぬ顔に梵摩達王のところに行つた。
そして、七日の中に王の兵衆象馬車歩兵の勢力を檢(しら)べたいことを申出た。
王はこれを許した。
そこで彼は四部の兵を舍衞城の都市に集め、秘かに長壽王の夫人を招いた。
夫人は夢の如く兵衆を眺めて歡喜した。
そして天幔(テント)を張らしめて産褥につき、日出づる時端正無雙の男兒を分娩した。
彼女は兒を抱いて山中に還つた。
王は彼女の意を汲むで『長生』とこれに字(あだな)した。

 長生八歳のとき長壽王は小緣あつて舍衞城に出た。
そのとき彼の故臣劫比といふものが王に遇つた。
彼は王の頭から足まで熟視し、そして梵摩達王のところに行つてこのことを告げた。
梵摩達は直ちに左右の諸臣に長壽王を捕ふべく命じた。
諸臣は劫比を伴つて城中を隈なく捜し、王を捕へて梵摩達のところに連れて行つた。

 このことが國中に知れた。
夫人も復たこれを聞いた。
彼女は王と生死を共にしやうと考へた。
そして太子長生を倶して舍衞城に入つた。
そこで彼女は長生に云つた。
『汝はこれから獨りで生活してゆきなさい』
 
 長生はたヾ默つて何にも云はなかつた。
夫人はそのまゝ長生を殘して梵摩達王のところに行つた。
王は喜んだ。
そして夫人と王とを四衢道(よつつじ)に將(ひい)て四分裂きにせよと群臣に勅した。
群臣は王の勅を受けて二人を縛し、舍衞城を繞(めぐ)つて萬人にこれを見せしめた。

 城中の民は皆心を痛めた。
長生もその中に居て父母を觀た。
長壽王はそのとき人知れず長生を顧み、彼に告げて云つた。

『長生よ。
汝は人の長を見るなかれ。
また人の短を見るなかれ』

 そしてまた偈を説いた。

 
怨は怨と息(やすむ)ことなし。

古(いにしへ)よりこれは則(ならはし)である。

怨なきはよく怨に勝つ。

この法終(つひ)に朽ちることなし。

   怨々不休息
   自古有此法
   無怨能勝怨
   此法終不朽

 諸の群臣は相謂つた。

『長壽王は甚だ愚惑(おろか)である。
しかし一體長生太子といふものは何ものであらう』

 長壽王は群臣に言つた。

『私は決して愚惑(おろか)でない。
ただ智者あつて私の語を明すであらう。
諸人よ。
私は一夫の力と雖もよく萬百の衆を破することが出來ることを知つてゐる。
しかし衆生のこれに類して死するものも算なきであらう。
今はたヾ一身の故を以て歴世の罪を重ねてはならないと、かく私は思惟する故に縛についたのである。
怨みと怨み休息(やすみ)なきは古よりの則(ならはし)であり、怨なきのよく怨に勝つことも亦朽ちざるの法である』

 群臣は長壽王及夫人を四衢道に倶ゐ、彼等を四分に裂いて捨てて還つた。

 日暮かた童子長生は薪草を拾ひ集め父母の遺骸を荼毘した。
梵摩達は高樓(こうろう)にあつて遙かにこれを眺め、これ必ず近親の業(しわざ)であると認めて群臣に命じて再び捜さしめた。
しかし、童子の姿はその暮靄の中にいつ方ともなく消えてしまつた。

 國をとられ、罪なくして父母は殺(ころさ)れた。
それを眼(ま)のあたり眺めた長生は、彼の胸に深く父母の怨をきざむだ。
しかし、今は總て詮なき術(よすべ)である。
彼は先づ彼れの生長(おひたち)を念慮しなければならない。
彼は弾琴の師をたづねた。
『師よ。私は弾琴の術を學びたうあります』
『童子よ。汝の姓は何といふか。父母はいづこにあるか』
『私には父母はありません。私はもと舍衞城にゐました。父母はそのとき早く逝くなりました』
『それは氣の毒である。よし私は汝に弾琴の業を敎へてやらう』
 かくて、師は彼を彼の家に入れた。

 長生は素(もと)より聰明であつた。
彼は弾琴歌曲を學び、間もなくその技に上達した。

 あるとき彼は琴を抱いて宮廷に入り、象厩(うまや)の中で琴を弾じ淸歌を吟(うた)つた。
梵摩達はこれを聽いた。
そして臣佐(しもべ)に命じて彼を索(もと)めさせた。
やがて王の前につれられた唄手は可憐な美しい童子であつた。
王はその少年を直ちに宮廷に入れた。

 王は少年の唄を愛した。
少年の容姿(すがた)を愛した。
少年の聰叡を愛した。
そして、珍寶(たから)の倉を守らしめた。
少年はまたよく王に仕へ、王の意にさからはなかつた。
また諸の妓女の望みによつて彼女等に弾琴を敎へた。
そして自らは象馬の術を覺えた。


 あるとき梵摩達は園林に出遊して相娯樂したことがあつた。
長生はそのとき王の寶羽車の御者となつた。
彼はわざと四部の兵より離れて王車を御した。

 王はそれをとがめて云つた。
『童子よ。軍衆は何處にあるか』
 彼はそしらぬ顔で答へた。
『大王よ。臣も知りませぬ』
『吾れは疲れた。暫らく憩まう』

 長生は車を停めた。
彼等は車を下りて草原に腰を下ろした。
梵摩達は長生の膝を枕にして眠りに落ちた。

 長生はそのとき戴天の怨に蘇つた。
『この王は私の國を褫(うば)つたのだ。
この王は罪なきに私の父母を殺害(ころ)したのだ。
王は私の戴天の仇である。
このときを外していつ怨が報ぜられやう。
私はいま王の命根(いのち)を絶たう』

かく彼れは考へた。
そして右手に劍を抜き左手に王の髪を捉へやうとした。
そのとき彼の父の最後の言葉が響いた。
『長生よ。汝は人の長を見る勿れ、人の短を見る勿れ』

 また偈が響いた。
  『怨と怨は息(やす)むことなし
   古よりこれは則(ならはし)である。
   怨なきはよく怨に勝つ
   この法終に朽ちることなし』

『私は此怨を捨てやう』かく考へて彼は劍をおさめた。しかし怨みはまた蘇つた。
『この王は私の國を褫つたのだ。この王は罪なきに私の父母を殺(ころ)したのだ。王は私の戴天の仇だ。怨を報ゐるのはこのときだ。よし私はいま王の命根を絶たう』

 彼はまた劔を抜いた。
王の頭髪を捉へやうとした。そのときまた父の言葉を憶出した。
『長生よ。汝は長を見る勿れ、短を見る勿れ』
  『怨と怨は息むことなし
   古よりこれは則である。
   怨なきはよく怨に勝つ
   この法終に朽ちることなし』

 彼は再び劔をおさめた。
そのとき梵摩達は身懼(みぶるひ)して眼を醒した。
王の顔は蒼白であつた。
『大王よ。どうなされました』
『童子よ。我は恐ろしい夢を見た。その夢に長壽王の子が現はれて、劍を抜いて我を殺(ころ)さうとした』

 長生はさては知られたとおもつた。
彼はやにはに劍を抜き王の頭髪を捉へて云つた。
『長壽王の子長生とは私である。王は私の國界を犯し、罪のない私の父母を殺(ころ)した。
王は私の怨讐(かたき)である。今その宿怨(うらみ)を果さねば何日そのときがあらう』

 梵摩達は驚いた。そして童子に云つた。
『我の命根はいま全く汝の掌中(たなごころ)にある。たヾ舊怨を捨てて我の生命をたすけてくれ』
『私は汝を活かしても汝は必ず我が生命を絶つであらう』
『長生よ。我をたすけてくれ。我は決して汝を殺(ころ)しはしない』

 長生は王と相互に濟(たす)けることを誓って三たび劍をおさめた。
梵摩達は長生に云つた。
『長生よ。王城へ還らう』

 長生はそこで再び寶羽車を御して、梵摩達と共に舍衞城に歸つた。
そこで梵摩達は群臣を聚(あつ)めて言つた。
『卿等よ。もし長壽王の子がゐたならば汝たちは何をなさうとするか』

 或るものは手足を斷(た)てよと云つた。
或るものは身を三分せよと云つた。
或るものは直に殺(ころ)せと云つた。

そのとき長生は王の側にゐて正心に思惟(かんがへ)てゐた。
梵摩達はやがて長生を招き群臣に言つた。

『長壽王の子長生太子とはこの人である。
卿等は再びかくの如きの暴言をなしてはならない。
長生太子は我の命を活かした。
我も亦太子を活かすのである』

 群臣は未曾有と歎じた。

 しばらくして梵摩達は長生に問ふた。
『長生よ。汝(おまへ)はさきに我を殺(ころ)すことが出來たのに、何故に殺(ころ)さなかつたのか』

 長生は應(こた)へた。
『大王よ。それには因緣(ことわけ)がある。
父王が四衢道に運ばれたときかういはれた
「汝人の長を見る勿れ、また短を見る勿れ」
「怨と怨は息むことなし。古よりこれは則である。
怨なきはよく怨に勝つ。この法終に朽ちることなし」
そのときに王の群臣は狂惑(おろか)の言であると云つた。
父王は群臣に語つた。「卿等よ。賢者あつてよくこの語を明すであらう」と。

私はその父王の言を憶出したので王の命根をたすけることが出來たのです』

『汝はよく亡父の敎勅を守つた。汝は甚だ奇特である』

 梵摩達は再び長生にたづねた。
『長生よ。汝のその言葉には猶ほ解し難いところがある。その義を解いてくれ』

『大王よ。それはかうである。
梵摩達王は長壽王を殺(ころ)した。
長壽王の群臣中その親しきものが梵摩達王を殺(ころ)す。
次にまた、梵摩達王の群臣中の或るものが長壽王の臣を殺(ころ)す。
かくして怨は怨を結んで永く斷絶しない。
もしその怨を斷たうとするならば、たヾ人に怨を報ずることをやめることのみである。
私はこの義(いみ)を知ることが出來たので王を害しなかつたのです』

 梵摩達はこの義をきいて歡喜踊躍した。
そして長生の聰叡を今更に知り、自らの罪業をはじめて省みた。
彼は自ら天冠をぬいで長生に與(あた)へ、女を嫁し、舍衞城の國土人民を還して長生に領せしめ、自らは波羅奈の故國に住(とどま)つてその地を治めた。・・・・

・・・・

・・・佛陀はこのやうに話をしてかく云つた。

『比丘等よ。

國をあらそうは王者の一つの慣はしである。

そこにも尚、しかし、(長生と梵摩達の如く)相忍んで傷害しなかつたことがある。

況んや、汝等比丘は、信堅固を以て出家學道し、貪慾、瞋恚、愚癡の迷惑を捨てなければならぬのである。

しかるに汝等は今復た諍競して和順ならず、相忍ばずしてまた懺改しない。

比丘等よ、さきの因縁により、諍闘の宜しきに非(あら)ざるを知り、

よく、一師同乳の侶(ともがら)として、相和順してゆけよ

   闘なく諍をやめ

   慈心に一切を憫(あはれ)み

   一切の患(わづらひ)をなみする  

   これぞ諸佛の歎譽するもの。

『比丘等よ。

それ故にまづ忍辱の行を行ぜよ』

『世尊よ。御配慮に及びませぬ。私共はこの法を分明(わきまへ)てゐます』

 佛陀は尚この懇切な敎の通じないのを知って、拘睒彌比(コーサムビー)に愛憎し跋耆(ヴァッジ)の國へ去つた。



ノート

佛陀の語(ことば)の時系列に合わせて、訳著者文を易えずにただ六七頁を八〇頁の後の最終段落とした。

出處 大正蔵經第二巻阿含部下增一阿含經第十六   

愚かな槃特

愚かな槃特 『佛陀を繞りて』十五(365~387頁) 山崎精華譯著 大雄閣出版(昭和二年十一月)

 一 出生

 拘薩羅(コーサラ)國舎衞城に一人の婆羅門がゐた。彼は妻を娶つて何不自由なく暮らしてゐた。然しどうしたことか、彼等の間に出來た子は、生れるとすぐ死んでいつた。

 あるとき彼の妻はまた姙娠した。然し彼はいつものやうに悦ばなかつた。彼は手を頬にあてゝ、憂はしげに坐つた。

 隣の家に年寄の婦(をんな)がゐた。彼女は婆羅門の憂はしい貌色をみて彼に問うた。

『婆羅門よ、おまへは何か心配なことがあるか』

『老婦よ、わたしの妻は福徳が薄い。わたしの子は生れるとすぐ死んで逝くのだ。わたしの妻はまた姙(みごも)つた。しかし、その兒も生れるとすぐ死ぬと思ふと少しも悦ばしくない』

 老婦はそれを聞いてかう答へた。

『婆羅門よ。それならば、おまへの妻がお産する日にキツトわたしを喚べよ』

 誕生の日はやがて來た。婆羅門は老婦の言葉の如く彼女を喚んだ。老婦は來た。彼女は産婦の室に入つた。そして今生れた男の兒を、淨(きよ)く浴(ゆあみ)して白い布で身を裹(つつ)んだ。彼女はまた赤兒の口に上妙の生酥を入れ、使の女に赤兒を預けてかう云つた。

『おまへはこの赤兒を抱いて四辻の大きな道に連れてゆけ。そしてもし、沙門婆羅門たちが通られたならば、おまへは、その人々に「この小兒(をさなご)は聖者のみ足を禮(れい)します」と、慇ぎんに云へ。そしてもし、夕方までこの兒が生きてゐたならば、連れて歸れ。もし、生きながらへなかつたならば、何處へでも棄てよ』

 使の女は、その如く赤兒を抱いて、四辻の大道にともなつた。それは丁度、晨朝(あした)の日がまだ耀いてゐるときであつた。諸の外道は、いつものように諸天を禮するために、この四辻道を行き過ぎた。彼女はそれを見て、老婦に教へられたまゝ、恭々しく彼等に云った。

『聖者よ。このみどり兒は聖者の足を禮します』

 諸の外道はそれをきいてかういつて呪(いの)つた。

『おまへのみどり兒は無病長壽であれ。諸の神よ、擁護(まも)りたまへ。父母の願は滿たされよ』

 また多くの芯芻(比丘僧)たちが行乞のためにこゝを通つた。彼女は彼等にも同じく云つた。彼等も亦それに祝福を與へた。

 日暮れまで赤兒は生きてゐた。彼女はそこで赤兒をつれて還つた。婆羅門と彼の妻は大に欣んだ。彼等はそこで宗族を招いて悦びの享宴を張つた。
誕生の日に大道に置いたといふので、彼等は赤兒に’大路’(摩訶槃陀迦マハーパンタカ)と命名した。

 世間にかういふ言葉がある。
「もし渇した人が水を求めて鹽(しほ)水を飲むならば、その渇きは一層加はる。
そのように、もし、淫を貪る者は、欲を習ひ行うて一層欲貪を增すであらう」と。

 そのように婆羅門の染欲はそれによって彌增した。彼の妻はそこで再び姙つた。誕生の日に彼は再び隣の老婦を招いた。老婦は前と同じやうに、彼の赤兒を洗浴し、白い布で裹み、生酥を口に入れて、使の女に預けて大道に赴かしめた。

 使の女はしかし甚だ懶(おこた)りであつた。彼女は小さい路道(ろぢ)に赤兒を置いて、道に遇ふ沙門や婆羅門に前の如く云つた。彼等も亦前の如く、赤兒を祝福した。かくの如くして赤兒は夕方まで尚生存してゐた。使ひの女はそこで赤兒を連れ歸つた。父母はやはり、宗族を招いてこれを祝つた。
その小路で祝福されたことによつて、これに小路(周利槃特チュラパンタカ)と命名した。

  二人は年とともに成長した。
大路は甚だ聰叡であつた。
身もすこやかに長大して、諸の學藝に通じた。
しかし、小路は甚だ魯鈍であつた。
彼の師が悉談(しつたん)章を敎へたことがあつた。
彼はそのとき悉のことをいへば談のことを忘れ、談のことをいへば、悉のことを忘れて、遂に記憶することがなかつた。
彼の師はとうとう彼の父にかう云つた。
『わたしは會つて衆多の弟子を敎へたけれども、これほどの愚かものに出遇つたことがない。
大路はよくものを辨へるのに、此の兒は甚だ憶えがわるい。
わたしは、こんな兒をよう敎へることができない』

 父はこれを聞いてかう思つた。
『婆羅門がみなみな學者であるわけでもなからう。この兒はたヾ明論を諳(そら)んじさせるがよからう』

 父はそこで別の師を雇つて明論を諳んじさせた。しかしそれも同じいことであつた。
吠陀の秘密の字といふのに蓬瓮の二字がある。彼はやはり、蓬をいへば瓮を忘れ、瓮を云へば蓬を忘れた。
この師もそこで同様に敎へることをことわつた。
婆羅門はそこで再びかう考へた。
『婆羅門がみなみな經典を諳んじてゐるわけでもない。たヾ種姓さへ婆羅門であるならば、自然に生活することも出來やう。それはさうして何の辛いこともあるわけではあるまい』

 人々はしかし彼の童子を「愚かな槃特」と云つた。
父はその愚かな槃特が、殊更にいぢらしく、可愛ゆくあつた。
彼は何處へ行くのにも、必ず愚かな槃特を伴うた。

 あるとき父婆羅門は重い病に臥した。
所詮醫藥も効果薄く、日ましに衰弱が加はつた。
彼は大路を喚んでかう云つた。
『わしが歿きあと、汝(おまへ)のことは少しも氣に懸らない。
可哀さうなのは愚かな槃特である。
汝は決して愚かな槃特を見捨ててはいけない。
安危ともどもに助け合うて、兄弟のよしみを盡くせよ。
それから、わしの言葉を記憶せよ。
佛陀はかう云はれている。

  聚(あつ)まれるものみな散り銷(う)せ

  位高きも 定めて堕落(おち)る

  會(あ)ふものやがて別れ去り

  生命あるもの みな死に歸る』

 彼はかく云ひ終ると命をひきとつた。
二人は相哭いて、凶(かなし)きおくりをなした。

 大路は、もはや相當の學者であつた。多くの學徒さへ彼の門に集まつてゐた。

二 兄の出家

 その頃舎利弗と目蓮が多くの弟子たちを伴うて拘薩羅(コーサラ)國を遊行し、やがて舎衞城に來た。
舎衞城の人々は彼等を迎へるために城外に群がり出た。
大路はそのとき城外の一樹のもとで彼の學徒達を敎へてゐた。
彼は城を出る人々を見て、學徒達に問うた。

『彼等は何處へ行くのだ』

『舎利弗と目蓮の比丘達を迎へるのです』
と學徒達は答へた。

『彼等は最上の婆羅門族を捨てゝ、劣つた刹帝利の沙門ゴータマの弟子となつたといふことだ。
そのやうな沙門を迎へることもなからうに』

 と彼は云つた。
しかし彼の學徒の中に佛陀の敎を崇めてゐる婆羅門の若者がゐて、彼にかう云つた。

『師よ、彼は聖(ひじり)の證(あかし)をえてゐます。
彼はすぐれた法を體得してゐます。
師も彼の敎を聽かれたならば、出家せられるかもしれませぬ』

 彼は學徒達の歸つたあとにかう念つた。

『婆羅門の若者が佛の敎を讚へた。
私はいま竊(ひそ)かに彼らの敎を聽いて試(み)やう。

 彼は、城外の一樹下を往く一人の比丘を見て、彼を喚び止めてかう云った。

『比丘よ。ゴータマの敎を少し聽かせよ』

 彼の比丘は十惡の業道と十善の果報を説いた。
大路はそれを聞いて敬信の心がおきた。

『私は間もなく、再び汝のところに、來るであらう』

 彼はかく云つて去り歸つた。

 彼は或る日、重ねて彼の比丘を訪ねて、佛の敎を請うた。
比丘は十二因緣のことを述べた。
大路は愈々深信を生じた。

『尊者よ。私は出家して如来の梵行を修めたい』

 比丘はかう念つた。

『私は彼の出家を許さう、そして法の轅を駕し、法の炬(ともしび)を持たしめやう』

 比丘は大路にかう答へた。

『汝(おまへ)の意(こゝろ)にしたがへよ』

 大路は云つた。

『此の處は衆くの人々に知られて私は出家し難い』

 比丘はそこで大路を伴つて他の地方に行き、彼處で彼に出家の具戒を授けた。
それをなし終つて比丘は云つた。

『佛の修道に二つある。
讀誦と禪思である。
汝はどちらを撰ぶか』

『尊者よ。私は二つ一緒にやりませう』

 彼は晝に諸の敎を諳んじた。夜に諸の思惟を觀察した。
そして間もなく煩惱結賊を斷じて三明智を得、不受後有の自覺に達した。
心は障礙除かれて恰も手に空を握るが如く、彼は愛憎、名利の惑慾から離れることが出來た。

 大路はそこでかう念つた。

『いまこそ私は舎衞城に往き、世尊の御足を禮し、世尊にお事(つか)へ申さう』

 彼は他の多くの比丘達と衣鉢を執つて遊行しながら、舎衞城に來た。

 三  弟の求道

 兄に往かれた愚かな槃特は、生活の術を知らなかつた。
家業は日に衰へ、財を失つて貧窮の果て、漸く人に物を乞うて活きた。

 あるとき彼は多くの人々が城外に出るのを見て彼らに問うた。

『汝達は何のために城を出るのか』

『尊者大路が多くの比丘達と來られるのだ』

 愚かな槃特はそれを聞いてかう念つた。

『兄弟や親族でない人々も彼を出迎へてゐる。
私はまことに彼の弟だ。私も彼を迎へに出でやう』

 愚かな槃特は城の外に出た。

 多くの比丘達は城に近づいた。
大路尊者は群衆の中に愚かな槃特を見出した。
尊者は弟をかへりみて云つた。

『愚かな槃特よ。私は汝と別れて久しい。汝は無事にくらしてゐるか』

『私は活計(くらし)に難儀してゐる』

『汝は出家しないか』

『私は愚かである。私が出家しても私を敎へてくれる人はなからう』

 大路はしづかに思を凝らして弟を觀た。
彼は弟に善根の種子の或ることを觀た。
しかし誰れに屬せしめやうもなかつた。
結局彼は自分に屬せしめることに決めて弟に云つた。

『私は汝を私のところで出家させやう』

『さうして下さい』

 大路は愚かな槃特を出家具戒させ、一つの伽陀(ガータ)を示して彼に諳んじさせた。

 身にも意(こゝろ)にも惡を造らず

 世間の有情(いのちあるもの) そを惱まさず

 正しき念(こゝろ)に 境(もの)の空しきを知り

 益(やく)なき苦しみ  そを遠離(をんり)せよ

 愚かな槃特はこの伽陀を諳んじやうと努めた。
しかし三月經つても憶えることが出來なかつた。
却つて田園の若者たちは夙くにその頌(じゅ)を覺えてしまつた。

 安居(あんご)のときが來た。
諸の弟子達は大路(摩訶槃陀迦)の處に聚つて各々自得をのべた。
その自得によつて弟子達は新しい敎をうけるのである。
愚かな槃特はしかし何の述べることもなかつた。
況んや新しい敎をきくことをやである。
彼らは槃特に言つた。

『おまへは新しい敎をきかないのか』

『私は一つの偈も憶えることが出來なかつた』

『槃特よ、しかしおまへも何かの敎をきくがよい』

 愚かな槃特は苦しい想をして大路のところに詣つた。
大路は彼に問うた。

『槃特よ。偈を憶えたのか』

『私はまだ誦んずることが出來ませぬ』

 大路もさすがその愚鈍にあきれた。
彼は槃特の項(うなじ)をとらへて房(へや)の外に出した。

『汝(おまへ)は何といふ愚かものだ。
汝はここへ來て何をする積りなのだ』

 愚かな槃特は房の外で暗涙に暮れた。

『私は在俗の生活(くらし)に」かへることも出來ない。
出家の業を續けることも出來ない。
私はどうすればよいのだ』

 丁度そのとき佛陀は通りかかられた。

『汝は何故に泣いてゐるのか』

『私は愚かものであります。
私は師から見捨てられました。
私は在家に歸ることも出來ず、出家のままでゐることも出來ませぬ。
世尊よ。
私は途方にくれてゐます』

『汝はわしのところへ來ないか』

『世尊よ。
私は愚か者であります。
私は魯鈍のものであります。
私はどうして世尊のもとに親しく敎を受けることが出來ませう』

 佛陀はしかし、その言葉をきいて偈を詠んだ。

 愚かな者自らを愚といふ

 そはすでに智(さと)き者

 愚かな者自らを知れりといふ

 これぞ眞當(まこと)の愚者なれ。

『槃特よ。
世尊の敎は萬人に通ふことが出來る。
世尊の法は萬行をかね備へてゐる。
機に應じた敎は世尊の許(もと)で説かれる。
汝はわしの許へ來い』

 愚かな槃特は佛陀の許に行つた。
佛陀は槃特の根機をよく觀た。
佛陀はそこで彼に、かの後世永く傳(つた)へられた、有名なしかしながら極めて簡単な一對の句を授けた。
卽ち、

 我れ塵を拂(はら)はん

 我れ垢を除かん

といふ句。

 愚かな槃特はこれをすら記憶することが出來なかつた。

 佛陀は槃特の障りの甚だ重いことを知つて、更に彼に云つた。

『槃特よ。
汝は他の比丘たちの鞋履(はきもの)の埃を拂ひ拭(ぬぐ)ふことが出來るか』

『世尊よ。それは出來ます』

 愚かな槃特は世尊の敎のやうにそれをなさうとした。
他の比丘たちはそれを許さなかつた。
佛陀は彼等に云つた。

『汝たちは彼を遮つてはならない。
汝たちは槃特の業障(さはり)を除いてやらねばならない。
汝たちは彼に對句の法(のり)を敎へよ』

 比丘たちは槃特に彼等の鞋履の埃を拂はせながら、彼に對句の法を敎へた。
槃特は一生懸命であつた。
彼は身業(みわざ)に鞋履の埃を拂ひながら、心に世尊の法を勉めて誦(ず)した。

 『我れ塵を拂はん

 我れ垢を除かん』

 彼は比丘に敎へられるまゝにこれを繰返した。

 あるとき彼はふとかういふ考に達した。

『私はいま鞋履の塵を拂つてゐる。
これは物(外)の塵である。
世尊の法は、それは心(内)の塵、心の垢を除くといふことであらう』

 彼はかく思惟すると、彼の心を蔽ふてゐた闇が次第に霽(は)れ、彼を壓(あつ)してゐた心の重いものが取り去られてきた。
彼はそこで忽念と啓悟して諸の業障は消え、善根の芽が萌して未だ曾て學ばなかつた三つの妙なる偈が彼の心に生じた。

 
 此の塵といふは欲のこと、土塵ではない

 密かに欲を、土塵とはせられた

 智(さと)き者はよく、この欲染の塵を拂ふ

 これぞ無懺放逸の人でない

 此の塵といふは瞋のこと、土塵ではない

 密かに瞋を、土塵とはせられた

 智きものはよく、この瞋恚の塵を拂ふ

 これぞ無懺放逸の人でない

 此の塵といふは癡のこと、土塵ではない

 密かに愚癡を、土塵とはせられた

 智きものはよく、この癡毒の塵を拂ふ

 これぞ無懺放逸の人でない

 彼はかく誦出した。
そして更に無上精進の心をおこして、三毒の煩惱を斷じ、ほどなく阿羅漢果を證得した。
彼はもはや愛憎の分別に執はれることなく、平等の慈に心を運めぐ)らして無明の殻を破り、永く樊緣(とらはれ)の籠から脱することができた。

 
 或るとき大路尊者は槃特が端座してゐるところを通りかかつた。
彼はまだ槃特の阿羅漢であることを知らなかつた。
彼は槃特に云つた。

『少し起つて誦を習ひなさい。それからまた考へなさい』

 槃特は兄の悲(なさけ)ある言葉をきいて、座ったまま、象王が鼻をのばすやうに、彼の手をそつと長く舒べた。
大路はそれをふりかへつてみて奇特の想をした。

『汝は何か殊勝(すぐ)れた法を證(さと)つたのか』

 槃特はしかし何も云はなかつた。

 愚かな槃特はかうして遂に證つた。
そのことが外道に聞えた。
外道は且つ驚き、且つ怪しみ次いで佛陀を謗つた。

『愚かな槃特が證つたと。

喬答摩(ゴータマ)はいつも「我の法は甚深微妙である。

我の法は知り難く悟り難く、思量者(かんがへるもの)の能く測ることの出來ないものである。

ただ大聰叡智の者のみが知ることのできるものである」と云つてゐるが、それは妄説(うそ)であつた。

愚かな槃特さへ證することの出來る法が何で甚深の敎であらうぞ』

 しかし佛陀は槃特が證得したことを悦ばれた。

『阿難よ。
汝は槃特に比丘尼を敎へよと言へよ』

 阿難は槃特のところに詣つてそのことを傅へた。

『世尊は何故に大徳長老を措いて、私に命ぜられたのだらうか』

 しかし、彼は結局世尊の敎を奉じた。

 比丘尼たちはこれを聞いて互に云つた。

『長老たちは女人を輕蔑してゐられる。
三ケ月もかかつて一偈すら誦ずることの出來ない比丘が、どうして妾達を敎へる資格があらうか』

『とにかく試みにきいてみやう』

 彼女等は、もし槃特がうまくやらなかつたならば嗤笑(あざわら)ふといふ根膽であつた。

在俗の人達は、槃特がどういふ説法をするかといふ物珍しい心で聚つた。

槃特はその日いつもの通り衣鉢を持つて室羅伐城(シセーバティ)を乞食した。

そして還つて足を洗ひ彼の房に入つて心を鎭めた。

それから日晡時に禪定から起きて一人の比丘尼をしたがへ、比丘尼達がゐる僧園に來た。

 彼は師子座の前に來た。

そして比丘尼達を見た。
彼女等に恭敬の心がないのを見た。

彼はまづ右手を象王の鼻の如くのばして師子座を按じ、しづかにその座についた。

次で彼は定に入って身を隠し、東方の空に騰つて、四つの威儀を現じ、自ら水火を出して十八變をなした。

南西北方に於いても同様なことをなして本座に還つた。

『私は三月かかつてたつた一つの偈を受けたのみである。
汝らは樂んでその義を聞かうとおもふのか』

 比丘尼達はだまつてゐた。

『かりに私が七日七夜を通じて分別しても、その一つの字句の意義を説き盡すことは出來ないのである』

 彼は尚續けて云つた。

『私は試みに説かう。

「身にも口にも心にも惡をつくらず」といふ偈の一句がある。

身の惡とは殺、盗、邪淫の三つである。

口惡とは妄語、離間語、麁惡語、綺雑語の四つである。

意惡とは貪瞋邪見等の罪である。

世尊は有情の惡から離れしめるためにこの一句を譬へ玉ふた』

 比丘尼達を始め他の人々は驚いた。
そして未曾有のことと嘆じた。

 彼の半偈の説法の終わるまで人びとの心には三寶に歸依する心が生じた。

 槃特は彼の説法を終つて佛所に詣り、佛のみ足を禮して一面に坐した。

 佛は諸の比丘達に云つた。

『汝等比丘よ。

我等の比丘達の中で心に能く解脱しえたものは愚かな槃特、この比丘である』

 かくて愚かな槃特は兄の摩訶槃陀迦とともに敎團の一方の長老となることが出來た。



ノート

出處 大正蔵経第二三巻、律部二、根本説一切有部毘奈耶巻第三一。

狂指鬘

狂指鬘 『佛陀を繞りて』五  八一~九六頁  山崎精華譯著 大雄閣出版(昭和二年十一月)

 佛陀成道二十年を過ぎた頃、舎衞城(しゃえじょう)に殺人鬼があらはれた。彼は四衢道(よつつじ)に立つて、悪鬼に蠱(とら)はれたる如くその心を耗亂(かきみだ)し、瞋目噴咤、悲怒激憤して利刄を翳し、人を得ればこれを殺害(ころ)しその指を斬取つて鬘(くびかざり)をつヾつた。城中の人々は毒蛇虎狼の如く懼れ、彼を指鬘(しまん){アングリマールヤ(鴦掘摩おうくつま)}と怖れ喚んだ。彼れ指鬘は人か鬼か、經典は處々に彼の譚を記し傳へてゐる。
・・・・

 アヒンサカ(無惱又は無害と翻ず)はコーサラ國波斯匿(はしのく{パセーナデイ})王の一輔相の兒と生れた。兒は長じて力士當千の軀幹(からだ)を備へ、四肢敏捷にして飛鳥奔馬に騰走することが出來た。しかも顏貌端正、志性和雅にして聰明慧達、輔相は甚だ之を愛念した。そのとき舎衞城に三經(三吠陀ヴェーダ)に通暁して多聞博識な婆羅門梵志があつた。輔相はアヒンサカをその門に入らしめたが、彼はよく師の教えを遵守(まも)つて間もなく弟子五百人の上首となつた。

 老梵士に若い室婦がゐた。彼女は、いつしかアヒンサカに欲念(おもひ)を懸けた。あるとき――それは彼女の密計であつた――梵士は常例を破つてアヒンサカを住(とど)め、他の弟子衆を具して檀越の招に應じたことがある。彼の妻は意中密かに恰(よろこ)び、身を装飾(かざ)つてアヒンサカを招いた。彼女はそこで多くの姿態をつくり、共に談(かたり)合うて彼の意を動かさうとつとめた。アヒンサカは堅念堂固で一向とりあひさうもなかつた。彼女は彼の相好に接すると欲念いよ/\轉盛して、もはや何ものも抑制することが出來なくなつた。彼女は彼に云つた。
『若者よ。汝の顔貌(かんばせ)は甚だ端正(うつくし)い、汝の肢體(てあし)は甚だ強壯である。年齒(としは)も妾(わたし)とさう違ってゐない。妾の心は汝に魅(とら)はれた。それ故に今日妾は汝と歡娯(たの)しみたいのだ』

 アヒンサカは驚いた。そして慞惶(あはて)怖懼(おそれ)て答へた。
『奥室よ。尊師は父であり、奥室は母であります。私は奥室とたわむれることは出來ませぬ』

 彼女の心はやはり燃えゐた。
『飢えてゐるものに食を與へ、渇するものに水漿をやることが何の非法であらう。寒い時に溫い衣を施し、熱い時に淸冷の水を恵むことが何の非法であらう。裸露に衣著せ、危厄を救ふことが何の非法であらう。若者よ、妾は今欲火に熾燃(も)えてゐる。汝はその渇する者のために精水をかけてくれないか。もし汝がさうしなかつたために妾の命根(いのち)がなくなったならば、一體汝は何を學んだことになるか。經典は人を殺(ころ)してもよい等と敎へてゐるのか』

『奥室よ。患疾(うれへ)をたすけ窮厄を濟(すく)うは決して非法ではありませぬ。しかし、奥室は母であります。師の深く愛重せられてゐるものであります。婬(よこしま)に隨ひ、欲識に執着することは梵志の深く誡しめてゐるものであります。私はどうして奥室と婬に傚(なら)ふことが出來ませう』

 と、アヒンサカは答へて、識浪の飢餓に惱む彼女の家を出た。
彼女は、その望み事とは違ひ、今更自分の言動を慚愧した。
がその悔恨はやがててれかくしの憤怒とかはり、彼女は彼女の裳衣を滅裂(ひきさ)いて、彼女の面を地にうち伏せた。

そのとき梵志は歸つてきた。
彼は彼女の坌身(みだ)れてゐるのを見て、訝(あや)しみ訊ねた。
『愛しいものよ、汝は何をしたのだ』
 彼女は黙ってゐた。
『愛しいものよ、何ごとがおきたのか』
 彼女は漸く口を開いた。
『我が背よ。まあきいて下さい。
汝の日頃賞歎(ほめ)ちぎつてゐたアヒンサカが、人もあらうに妾の身をひきよせて、怪しいことをしやうとしました。
妾は懸命にそれを斥けました。
そのとき妾の裳衣はこの通りひき裂かれ、辱かしめのために妾は起きることが出來ませんでした』

 梵志は啞然とした。
そして柔仁貞潔と信じきつてゐたアヒンサカの非行を悵然と歎じ、且つ瞋恚(いか)つた。
彼はその姦暴に對して直ちに楚罰を加へやうと思つたけれど、若い元氣のアヒンサカを力で制服することは出來ないと知つた。
彼はそこで退いて默念(だま)つてかんがへた。
しかし、自分の閨閤を染穢(けが)され、上下の秩序を失つたことについては如何にも自分の心適(や)るせなく、懊惱沈吟の極(はて)、彼は「教を倒(さかさま)にして敎へる」ことを考へついた。
かくすれば、彼は倒敎に従ふの當然の罪過(つみ)によつて、自分から彼に酷刑を加へずとも、必然惡趣に堕し長くその鎖扼に惱むに相違ないから、この大逆非行の讎(あだ)は自(おのづか)ら充分に報償(むくひ)られるのであろうと、彼は考へた。
しかし亦その業罪は人を殺(ころ)すより大なるはなしと知つたから、彼は利劍をとり出してアヒンサカを喚び、とんでもないことを彼に敎へることになつた。

 かくとは知らず誠直恭順なアヒンサカは師の前に跪いた。梵志は口を開いた。
『汝は聰慧であつて學ぶところも甚だ周密である。それ故に我は汝に總てを敎へ、汝もそれを學びつくした。
しかし最後にもう一つ汝に未だならはぬ一藝がある。それを果たせば汝は一切の梵行を成就することになるのだ』
『尊師よ。どうぞ敎へて下さい』とアヒンサカは膝を進めた。
 師は云つた。
『速かに道を成るために、汝は必ず最後のこの一秘法を修行しなければならないのだ』
『尊師よ。譬へ水火に入るとも私は師の敎を行ずるでありませう』
『アヒンサカよ、それならば汝はこの利劍を執って、晨朝(あした)四衢道に出でゝ、一百の人を殺害せよ。
そしてその指を斬取(きりとつ)て鬘(くびかざり)とせよ。
日中までに汝がその一百の指を滿たすならば、汝の一切の修道は全くをはるのである』

 アヒンサカは驚愕置くところを知らなかつた。

『師よ。
私は師より淨修梵行を敎はり、修爲衆善を敎はり柔和仁恵を敎はり、得五神通超上梵天の法こそ敎はつてゐました。
然るに師はいま私に暴伐殺戮を敎へられます。
これは失理非法ではありませぬか』

 しかし梵志はもはや何も云はなかつた。

 師の敎旨に違ふは弟子の法ではなく、しかも師に順ずれば大逆に堕する。
この突作の矛盾にアヒンサカの心は徒らに愁憂するのみであつた。
彼は事の了別を惑ひ、師より授かつた劍を奉じたまゝ引き下つた。
そして彼の心が躊躇懊惱してゐる間に、彼自身は樹立叢がる四衢路のほとりに知らずさまよひ來てゐた。
そこには多くの邑人(むらびと)が往還(ゆきき)してゐた。
彼の混亂した心はここで全く轉倒してしまつた。
彼の打ち萎れた形相はみるみる悲怒激憤の狀と變り、垂れ下つてゐた兩手はやがて劔を按じ、ここに幾多の殺戮が行はれたのであつた。
指鬘とはアヒンサカの果てである。

 人々が極めて道に眞面目である場合、その人が未だ八達の自在を體得してゐず、彼の一條路に驀進(ばくしん)してゐるとき、人々は往々狂亂迷惑の心に誘はれることがあらう。
眞劒であるとき両極のみが見える。
そはいづれも極であるが故に孰れも常規でなくて非凡である。
その一極は我等にとつて最も恐ろしいものである。
アヒンサカは實にこの恐ろしい一極に導かれたのであつた。

 恐怖は忽ち舎衞城の人々を襲った。

 佛陀もこの噂を知られた。

佛陀はそこで彼の殺人鬼を救ふべく座を起つた。

佛陀が四衢道にさしかゝるや群集は呼びとめた。

『世尊よ。その道は危くあります。惡鬼が道を擁して暴虐を恣にしてゐます』

『汝等よ。設使(たとひ)三界盡(ことごと)く我に寇(あだ)するも我に懼れはない。

況んや只の一賊が如來に何事をなすことが出來るか』

といつて、佛陀はその道を進んだ。

 アヒンサカの母は時至るも子の歸らないのを怪んだ。
そして飯食を齎(もた)らして舎衞城を出かけた。
愛兒に與へんがためである。

 アヒンサカは狂亂の中に指を算へたが未だ百指に滿たない。
しかもこの衢道は最早一人の通りすがる者がなかつた。
日半ばにして人を俟ってゐると向ふから母が來た。

彼は今一指にて滿願と考へたから、到頭母に仞仗(かたな)をふり上げた。

 丁度そのとき佛陀は四衢道のかなたに現はれた。

それを見たアヒンサカは母を棄てゝ直ちに佛陀に趣(はし)つた。

しかし彼はどうしても佛陀の前に進むことが出來なかつた。

いかに力を竭(つく)し奔走しても佛陀の徐歩に追ひつくことが出來なかつた。

彼は諸根全く疲れて佛陀を喚びとめた。

『沙門よ、且(しば)らく住(とど)まれよ』

 佛陀は云つた。

『我ははじめより住まつてゐる。

たヾ汝が住まらないのである』

 指鬘にとつてこれは意外な言葉であつた。

そしてこれは彼の心に一轉の曙光を與へたのであつた。

『沙門よ。

汝住まつて我住まらずとは一體どうしたことか』

 佛陀は靜かに答へた。

『我れは諸根寂定して自在を得、それ住まるや久しいのである。

汝は惡師に從つて邪倒を受け、心顚倒してゐる故に住まるところがないのである』

 指鬘はこの言葉をきいて全く我に還つた。

・・・・彼は劍を擲(な)げて、佛陀の前にひれ伏した。

『世尊よ。私の迷執を破つて下さい。

害を興し指を集めて道を見んと欲(おも)つた私の大罪を贖(あがな)ふの道を敎へて下さい。

私は今日より世尊の僧伽(さんが敎團)に出家致しとうあります。

どうぞ愛愍受接して下さい』

 佛陀は彼の願の如く沙門となし、祇樹給孤獨園にひき倶して還られた。

 丁度そのとき波斯匿王は四部の兵を率ひて惡鬼退治に出た。
王はまづ祇園精舍に佛陀を訪ねた。

佛陀は王が武装してゐるのをみて王に向ふた。

『大王は武装して何をせられますのですか』

『世尊よ。私は鴦掘摩を捉へやうとおもつて四部の兵を率(したが)へてゐます』

 佛陀は王に再び云つた。

『大王よ。

もし法の三衣を着し至心に出家學道してゐる鴦掘摩を見られたならば、王はどうせられますか』

『世尊よ。

彼が至心に學道してゐるならば、私は供養敬禮こそすれ、決して彼を害しやうとはおもひませぬ。

然しながら、世尊よ、彼の兇惡の殺人鬼がどうして沙門の行を修めることができませう』

 そのとき指鬘は、佛陀を去る程遠からぬところに正意端座してゐた。

佛陀は右手を擧げて彼を指示(ゆびさし)ながら王に云つた。

『大王よ。

鴦掘摩はここにゐます』

 王は指鬘を見て急に身の毛を逆立にして懼れた。

『大王よ。懼れることはありませぬ。

大王は彼に言葉をかけてやつて下さい』

 王は指鬘のところに往つた。そして彼に云つた。

『尊者鴦掘摩よ。汝の姓は何であるか』

『大王よ。私の姓は奇角(伽瞿)母を曼多耶尼と云ひます』

『奇角子尊者よ、汝は専心に學道しなさい』

 王は再び世尊のところに還つて歎じて云つた。

『世尊よ。世尊は常に、世間の降伏し難きものを刀仗なくしてよく降伏せられます』

 かくて王は世尊のみ足を禮して王城に還つた。

 彼はその翌日鉢を持して舎衛城を乞食した。
そのとき城中に一人の姙婦が、月滿ちて産をしようと苦しんでゐた。
彼女は彼を見て云つた。

『沙門よ。どうぞ救けて下さい』

 彼は彼女の苦しさうな聲をきいて何も對(こた)へることが出來ず、そのまゝ精舎に還つた。
彼はそこで食事を畢つて世尊の前に出た。そして世尊に云つた。

『世尊よ。私は乞食の際に産で苦しんでゐる女をみました』

『指鬘よ。汝はこれから直ちに彼女のところへ往け。

そして、私は生まれて以來殺生の想をなしたことはない。

汝がもしこの言葉を信ずるならば汝は必ず安穏無事に産をすることが出來ると至心に云へ』

 指鬘は驚いて世尊に問ふた。

『世尊よ。私は多くの衆生を殺害しましたのに、もしさうしないと云へば兩舌を犯すことになりはしませぬか』

 世尊はそれに答へた。

『指鬘よ。昨日までの汝は死(し)んでしまつた。

今日の汝はもう昨日の汝ではない。

それ故に汝の言葉は決して兩舌にはならない』

 彼は城に入つて彼女にその通り云つた。

彼女はそこで安穏に産をした。

 あるとき彼が城に出たときに、群童が現れて、交々彼を罵り、彼に瓦石を投げ、杖を打ち、刀をむけたことがあつた。

彼はそのために僧伽梨(サンガリー服)を破り、頭や手足から血を流した。

世尊は遥かにこれを眺めてかく云つた。

『指鬘よ。

汝は決して惡意を起してはならない。

惡意は汝を百千劫の間地獄におとすのである。

現世の報はそれに較べていふに足らないものである』

 指鬘は世尊に云つた。

『世尊よ。

その通りであります。

その通りであります』

 そして彼は和悦の心に次のやうな偈をとなへた。

  私はもと賊であつた。

  指鬘の名は普(あまね)く知られた

  その大淵も今枯喝(か)れて

  正覺に歸命する身となつた。

  
  昔私は暴惡の心であつた。

  多くの人々を私は惱ました。

  私の犯した罪は恐ろしいのに

  いま私の名は無害といふ。

  鉤(かぎ)のよく象を調べるやうに

  劍もなく杖もなく

  世尊は惡鬼を降伏せられ、

  私の三業を調伏せられた。

  新學の比丘よ

  佛の敎を勤修(つとめ)よ

  月の宛も滿つるごと

  光は世間を照すであらう。

  前に放逸の行あるも

  のちよく自ら制すれば

  月の雲霧の消え去るごと

  光は世間を照すであらう。

  死を希(ねが)はず

  生を希はず

  よく時節を觀ずれば

  心は常に定つてゐやう。

     了

ノート

出處 佛説鴦掘摩經(大正蔵経第二巻、阿含部下)、賢愚經巻第十一(同第四巻本緣部下)
出曜經巻第十七(同本緣部下)、佛説鴦掘摩經(同阿含部下)、增阿巻第三十一(同、同上)
雑阿巻第三十八(同、同上)、鴦掘摩經(同、同上)、其他律部にも處々にある。

武士道菩薩田中正造翁

「民を殺(ろ)すは国家を殺(ろ)すなり」

江戸時代の武士田中正造が明治になって代議士となり、足尾鉱毒事件で伊藤山県長州非人総理の農民の犠牲を省みない富国強兵殖産工業暴政に、真っ向から反対する大論陣を、たったひとりで帝国議会で張り通した。

題して「亡國に至るを知らざれば之れ即ち亡國の儀に付質問」
(青空文庫から転載)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000649/files/4892_10243.html


   亡國に至るを知らざれば之れ即ち亡國の儀に付質問

(明治三十三年二月十七日、衆議院提出)
民を殺(ろ)すは國家を殺(ろ)すなり。
法を蔑にするは國家を蔑にするなり。
皆自ら國を毀つなり。
財用を濫り民を殺(ろ)し法を亂して而して亡びざる國なし。之を奈何。
右質問に及候也。

          演説

(明治三十三年二月十七日、衆議院に於て)
 今日の質問は、亡國に至つて居る、我日本が亡國に至つて居る、政府があると思ふと違ふのである、國があると思ふと違ふのである、國家があると思ふと違ふのである、是が政府にわからなければ則ち亡國に至つた。之を知らずに居る人、己の愚を知れば則ち愚にあらず、己の愚なることを知らなければ是が眞の愚である。民を殺(ろ)すは國家を殺(ろ)すなり、法を蔑にするは國家を蔑にするなり、人が自ら國を殺(ろ)すのである。財用を紊つて、民を殺(ろ)して、法を亂して亡びないと云ふものは、私未だ曾て聞かないのでございます。
 自分で知つて居つて爲されるのでは無かろうと思ふ。知つて居つてすれば、是は惡人と云ふ暴虐無道である。其本人其の人間が暴虐無道である。政府と云ふものは集まつた集合體の上で知らず/\惡るい事に陷つて行く。是は政府が惡るい。此政府と云ふ集合體の上で惡るいのである乎。之を知つて居るのである乎。本人が承知して居るのである乎。承知して居て直ほすことが出來ないのである乎。是が質問の要點であります。國家が亂るからと申して、俄に亂るものでは無い、段々歴史のあるものである。
 精が盡きて御話の出來ない時に惡るうございますから、一つ簡單に、當局大臣に忘れないやうに話して置きたい事がございます。大臣は那須郡の原を開墾することを知つて居る。此の地面の惡るいのを開墾することを知つて居るならば、今ま[#「今ま」はママ]此の鑛毒地の渡良瀬川、關東一の地面の良いのが惡るくなる――此の關東一の地面を開墾すると云ふことはドンなものであつたか、頭に浮かばなければならぬと云ふことを此間話しましたが、今日は尚ほ一歩進んで御話しなければならぬ。
 己の持つて居る公園とか別莊とか持地とか云ふものは、どんな惡るい地面でも、是は大切にすることを知つて居る。大切にすることを知つて居れば、則ち慾が無いと云ふ譯では無い。國家を粗末にすると云ふ頭で無いものは、大切にすると云ふ頭を持つて居るものである。馬鹿ぢやない。其頭を持つて居りながら、那須郡と云へば則ち栃木縣の中である、其から僅か數里隔つたる所の、而かも所有者のある所の田畑が、肥沃な天産に富んで居る熟田が、數年の間に惡るくなつて行く※[#「こと」の合字、249-8]が、目に入らぬと云ふはどうしたのである。甚しきは其の被害地を歩くのである。被害地を見ないのでは無い、其の被害地の上を通行するのである。那須へは栃木茨城埼玉地方を廻つて行くのである。自分の持物は那須野ヶ原のやうな、黒土の僅か一寸位しか地層のない所も開墾して、丹青を加へて拓くと云ふことを知つて居るではないか。其れだけに善い、其れだけに力を用ゆる頭を、國家の爲に何故公けに用ひない。――他人のだから――他人の災難と云へばドウなつても構はぬと云ふ頭が、國務大臣と云ふ者にあつて堪まるもので無いのである。他の者でも然う云ふ頭はいけない、特に國務大臣にソンなことがあつて堪まるものじや無い。彼の那須野の地面と云ふものは、大抵國務大臣が持つて居る。内務大臣の西郷君を始として、政府に在る所の者、元の大臣で持たない者と云へば伊藤侯と大隈伯、其他は大抵持たない者は無い、皆な持つて居るではないか。然うすれば覺えて居りさうなものだ。自分の子供を持つて見れば、人の子の可愛いと云ふことが判らなければならぬ。六ヶしい話でも何でも無い。
 又た簡單に歴史を申上げますると、此の鑛毒の流れ始まつたのは明治十二年からです。足尾銅山に製銅の機械を据えつけたのが十二年。十三年から毒が流れたのを栃木縣知事が見付けて、十三年十四年十五年と此の鑛毒の事を八釜しく言ふと、此の藤川爲親と云ふ知事が忽ち島根縣へ放逐されたのが、政府が鑛毒に干渉した手始である、古い事でございます。此の藤川爲親と云ふ者が放り出されると、其後の知事は、最早鑛毒と云ふことは願書に書いてはならない、官吏は口に言つてはならない、鑛毒と云ふ事は言つてはならないと云ふことにしてしまつた。其れが爲に無心な人民は十年鑛毒を知らずに居たが、二十三年に至て不毛の地が出來たについて、非常に驚ひて始めて騷ぎ出した。其は明治二十三年からでございます。是から先は段々諸君の御承知の通でございますから、敢て申上ぐる必要は無い。斯樣な歴史になつて居るので、各所の鑛毒の關係及び追々惡くなつた所を一と通御話申さぬと、唯だ苦情を申すやうに御聞取になると惡るうございます。
         ×   ×   ×   ×   ×
 關東の中央に於て能登國の二倍程の鑛毒地――此點に就て諸君に關東の事情を御訴へ申す悲しひ事がある。此の關八州は人間が卑屈でございまする。今日は誠に殘念だが據ない。何故ならば、徳川の三百年穩和なる所の膝下で育ちましたので、家庭教育と云ふものが極く惡るくなつて居りまする爲に斯樣な次第である。
 鑛毒事件で關東の眞中へ大きな沙漠地を拵へるのは誰である。是は即ち京都で生れた上方の人である、古河市兵衞である。此の仕事を大きくさせたのは誰である。即ち薩長土肥である。又た今日、此の鑛毒地を可哀さうだと言ふて、來て見て呉れる人も矢張上方の人で、關東の人間は、自分の膝下をやられるのを平氣の平左衞門で居る、殆ど無能力――腦味噌が無い。
 關東の眞中へ一大沙漠地を造られて平氣で居る病氣の人間が、殺(ろ)されないやうにして呉れいと言ふ請願人を、政府が打ち殺(ろ)すと云ふ擧動に出でたる以上は、最早自ら守るの外は無い。一本の兵器も持つて居ない人民に、サーベルを持つて切つて掛り、逃げる者を追ふと云ふに至つては如何である。是を亡國で無い、日本は天下泰平だと思つて居るのであるか。
 古い頭は是はもういけない。古い頭はいけない、去りながら今日の若い方の側に、未だ取つて代つて國を背負つて立つ所の元氣の人も現はれて來ず、若い方も年寄もどつちも役に立たぬから、恰も二つの國が寄合つたやうなものである、日本人として互に通辯が無ければ判らぬと云ふ位不便である。年寄は譯がわからぬ。若い方は腰拔だ。其でも、腰拔でも譯がわからぬでも、日本が御互に眞面目であると言ふならば、眞面目であると云ふならば、ひよつとしたならば此國を持ち堪へることが出來るかも知れぬが、馬鹿なくせに生意氣で、惡るい方へばかり上手になつたと云ふに至りましては、何處までも見所は無くなつたのである。
 政府ばかりを言ふわけにはいかぬ。吾々は固より教育は惡るし、年は取る。惡るい教育でも、あれば宜しいが、其れも無し。固より國家を背負つて立つ器量は無い。幸に若い諸君は學問を有つて居るからして、若い諸君が御眞面目におやりになりますならば、ひよツとしたらば、萬が一に僥倖したらば、此國を亡ぼさずして濟むが――今日の有樣でございますれば、亡ぼすじやない、亡びた、亡びてしまつたんである。此の通りにいけば、國が亡びると言ふじやない、亡びた。亡びても未だ亡びないやうに思つて居るのは、是はどうしたのであるか。
 今日の質問は、左樣な國情中の一つである所の鑛毒事件である。如何せん、此問題が諸君の御聽に達することを得ない、世の中に訴へても感じないと云ふのは、一つは此問題が無經驗問題であり又た目に見えないからと云ふ不幸もございませうが、一つは世の中全體が段々鑛毒類似の有樣になつて來た爲に、鑛毒問題に驚かない。――三百人の警察官がサーベル[#「サーベル」は底本では「サーペル」]を揃へて、鐺を以て鎗の如くにして吶喊した。又た撲ぐる時には聲を掛けた、土百姓土百姓と各々口を揃へて言ふたのである。巡査が人民を捕まへて「土百姓」と云ふ掛聲で撲つた。此の「土百姓」と云ふ掛聲は何處から出るのであるか。是れ即ち古河市兵衞に頼まれて居るからして、鑛業主にあらざれば人間にあらず、土百姓は人間に非ざる樣に常に聞ひて居るからして、ツイ其れが出る。三百人の巡査が悉く土百姓と云ふ掛聲を以て酷どい目に逢はせた、鬨の聲を揚げた、大勝利を揚げた、大勝利萬歳の勝鬨を揚げたのでございます。何たる事である。被害民の方は、是までも棒もステツキも持つて居なかつた。特に今度は能く世話人が指揮して、品行を方正にし靜肅を旨とせよと云ふ申渡までした位でございますから、煙管一本持つた者が無い位靜肅である。是に對して何である。勝鬨を揚げるとは何だ。
 今日政府は安閑として、太平樂を唱へて、日本は何時までも太平無事で居るやうな心持をして居る。是が心得が違ふといふのだ。一體如何いふ量見で居るのであるか、是が私の質問の要點でございます。
 大抵な國家が、亡びるまで自分は知らないもの。自分に知れないのは何だと云ふと、右左に付いて君主を補佐する所の人間が、ずツと下まで腐敗して居つて、是が爲に貫徹しなくなるのである。即ち人民を殺(ろ)す――人民を殺(ろ)すは己の身體に刄を當てると同じであると云ふことを知らない。自分の大切なる處の人民を、自分の手に掛けて殺(ろ)すと云ふに至ては最早極度で、是で國が亡びたと言はないで如何するものでございます。陛下の臣民を警察官が殺(ろ)すと云ふことは、陛下の御身に傷つけ奉る事、且又た己の身體に傷つけるのであると云ふ此道理が、此の大なる天則が分からなくなつて、尚ほ且つ之を蔽ふ爲めに、兇徒嘯集と云ふ名で召捕つて裁判所へ送る。可し。兇徒嘯集と云ふやうなものであれば、私も其中の一人でありますから、此の議場の開會と閉會とに拘らず、何故先きに私を捕まへて行かないのであるか。普通の事件なら別の話、兇徒嘯集と云ふやうな大きな事なれば、議員でも何でも容赦は無い筈だ。私は是まで隨分人民の權利を主張すること衞生に關する事など演説して歩るいた。世の中の馬鹿には教唆のやうに見えるであろうから、引つ張つて行くことがあるなら、此の私を一番に引つ張つて行くが宜い。兇徒嘯集などゝ大層な事を言ふなら、何故田中正造に沙汰をしなかつた。人民を撲ち殺(ろ)す程の事をするならば、何故田中正造を拘引して調べないか。大ベラ棒と言はうか、大間拔と言はうか、若し此の議會の速記録と云ふものが皇帝陛下の御覽にならないものならば、思ふさまきたない言葉を以て罵倒し、存分ひどい罵りやうもあるのであるが、勘辨に勘辨を加へて置くのである。苟も立憲政體の大臣たるものが、卑劣と云ふ方から見やうが、慾張と云ふ方から見やうが、腰拔と云ふ方から見やうが、何を以て此國を背負つて立てるか。今日國家の運命は、そんな樂々とした氣樂な次第ではございませぬぞ。
 今日の政府――伊藤さんが出ても、大隈さんが出ても、山縣さんが出ても、まア似たり格恰の者と私は思ふ、何となれば、此人々を助ける所の人が、皆な創業の人に非ずして皆な守成の人になつてしまひ、己の財産を拵へやうと云ふ時代になつて來て居りますから、親分の技倆を伸ばすよりは己の財産を伸べやうと云ふ考になつて、親分が年を取れば子分も年を取る、どなたが出てもいかない。此先きどうするかと云へば、私にも分らない。只だ馬鹿でもいゝから眞面目になつてやつたら、此國を保つことが出來るか知らぬが、馬鹿のくせに生意氣をこいて、此國を如何するか。私の質問はこれに止まるのでございます。

 誰の國でもない、兎に角今日の役人となり、今日の國會議員となつた者の責任は重い。既往のことは姑く措いて、是よりは何卒國家の爲に誠實眞面目になつて、此國の倒れることを一日も晩からしめんことを、御願ひ申すのでございます。
 政府におきましては、是れだけ亡びて居るものを、亡びないと思つて居るのであるか。如何にも田中正造の言ふ如く亡びたと思ふて居るのであるか。



田中正造狂歌

少しだも人の命に害なるを 少しくらいハよいといふなよ

世の中は学士博士の破るなり 作るは下男織るは織り姫

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